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司馬遼太郎

 

 文京シビックホールで開催された第18回「菜の花忌」シンポジウム(司馬遼太郎記念財団主催)に参加した。「菜の花忌」とは、作家 司馬遼太郎氏の命日(2月12日)にあたり、ご本人が菜の花を好んだことに由来するらしい。今回のテーマは「この時代の軍師-『播磨灘物語』から考える」。豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛を描いた司馬さんの小説を軸に、パネリストの静岡文化芸術大准教授 磯田道史氏、麗澤大教授 松本健一氏、作家 諸田玲子氏と和田竜氏が大いに意見を交わした。

 

 私と司馬さんの出会いは、「関ヶ原」を手にしてからだ。司馬さんの「司馬史観」と評される独自の歴史観と「余談だが」で脇道にそれるその独特の文章構成に、すっかり魅了され、その後「播磨灘物語」はもちろん「新史太閤記」「城塞」など、戦国物はほどんど読破するほど、司馬さんは、今でも好きな作家となった。 当日の会場は、私よりご年配の人生の先輩の方々で2階席まで満員なのには驚いたが、そもそも「播磨灘物語」は、初版1975年6月だから、当然、参加者もご年配の方になるのかと、ひとり納得して席に着いた。そして、司会の元NHKアナウンサの柔らな声とともに、シンポジウムは始まった。

 

 ファンの方は皆、司馬さんの小説はどれも明るいという。太陽が燦々とふりそそいでいる感じがするという方もいる。それは、本人の性格もあるだろうが、何より、司馬さんの小説からは、日本人のいいところを見つけたいという意気込みが感じられるからだろう。本人の小説の出版時期と日本の高度成長期が重なり、そんな司馬さんの考えが、発展し続ける時代の中にいる日本人の心に響き、国民的作家にしたのだろう。そして、今、2008年秋のリーマンショックと2011年春の東日本大震災という2つの大きなショックに直面した我々には、司馬さんの「小説」が必要ではないだろうか。「文学」という世界から見れば、少々物足りないものかもしれないが、司馬さんほど、日本人の長所を探し続け、そして日本人を励まし続けた人は いないだろう。そんなことを考えながら、シンポジウムは楽しい雰囲気の中、終演を迎えた。

 

 最後に、私も知らなかったのだが、毎年「菜の花忌」では、終演後、舞台のところ狭しと飾られている菜の花を、すべての観客に一輪ずつ手渡ししてくれるのだ。私も頂いた綺麗な黄色の菜の花を自宅に持ち帰り、すぐさま一輪挿しに飾ったら、2月初めの私の心が、春の訪れを待ち遠しく、そして、やさしく温かい気持ちに包まれていた。

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